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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)962号 判決 1984年11月28日

控訴人

破産者

株式会社桑原商店破産管財人

赤木巍

被控訴人

株式会社平和相互銀行

右代表者

稲井田隆

右訴訟代理人

小林宏也

長谷川武弘

篠原煜夫

被控訴人

株式会社埼玉銀行

右代表者

伊地知重威

右訴訟代理人

小村義久

被控訴人

株式会社東海銀行

右代表者

小林威生

右訴訟代理人

飯塚信夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  東京地方裁判所が同庁昭和五七年(リ)第七九八号事情届に基づく配当等手続事件につき作成した昭和五七年一二月一日付原判決別紙配当表のうち、控訴人に対する順位2の配当額一〇一万八二四四円を七二二万三〇七六円に、被控訴人株式会社平和相互銀行に対する配当額一三三万五二一七円、被控訴人株式会社埼玉銀行に対する配当額四五五万五四四六円及び被控訴人株式会社東海銀行に対する配当額三一万四一六九円をそれぞれ〇円に変更する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

原判決二枚目裏八行目から同五枚目裏三行目までの記載を引用する(ただし、原判決四枚目裏六行目に「本件商店」とあるを「本件商品」と改める。)。

二  請求原因に対する被控訴人らの認否

請求原因1ないし3及び5の事実はいずれも認める。

同4の冒頭の主張は争う。同4(一)の事実は認める。同(二)のうち控訴人の届出債権が主張のとおりであることは認めるが、右債権の存在及び桑原商店が先取特権を有することは争う。同(三)は争う。同(四)のうち控訴人が債権差押命令を得たことは認めるが、その余は争う。同(五)のうち被控訴人らが一般債権者であることは認めるが、その余は争う。

三  被控訴人らの主張

1  被控訴人平和相互

(一) 民法三〇四条に規定する「差押」は、担保権の実行としての差押を意味するものと解すべきであり、動産売買の先取特権者がその優先権を行使するには民事執行法(以下「法」という。)一九三条の規定に基づく担保権実行の手続を履践しなければならないところ、控訴人は、担保権実行の手続によることなく法一四三条以下の規定に基づいて強制執行の申立てをしたのであるから、本件配当手続において先取特権を主張することはできないものである。

(二) 民法三〇四条に規定する「差押」に強制執行としての差押を含むものとしても、動産の先取特権に基づく物上代位権を有する債権者は、自らその物上代位の目的たる債権を強制執行によつて差し押えた場合、他に競合する差押債権者等があるときは、右強制執行の手続において、その配当要求の終期までに、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求をしなければ優先弁済を受けることができないと解すべきである。しかるに、本件においては、配当要求の終期である芝浦工事が買掛金債務額を供託した昭和五七年一〇月四日までに控訴人が右に述べた文書を提出して配当要求をした事実はない。

(三) 控訴人の後記四4の主張は争う。

(1) 配当要求をするには、一定の事項を記載した書面を提出してこれをする必要があるところ(民事執行規則一四五条、二六条)、控訴人は右手続を履践していない。

(2) 控訴人主張の公正証書(甲第一号証)は、控訴人とベスト工材との間で作成された文書であつて、桑原商店とベスト工材間の動産売買についての立証方法となりうるとしても、ベスト工材と芝浦工事間の動主売買の事実及びその目的物が桑原商店とベスト工材間の売買の目的物と同一である事実を立証する文書とはいえないから、法一五四条一項所定の先取特権の存在を証明する文書にあたらないものというべきである。

2  被控訴人東海銀行

(一) 右1(一)と同旨。

(二) 控訴人の後記四4の主張は争う。

(1) 請求原因2(一)の債権差押命令(以下「本件差押命令」という。)の申請にあたつては、請求債権、差押債権のいずれについても一般の債権差押命令申請としての表示がされたにすぎず、動産先取特権による物上代位である旨の記載はされていない。

(2) 控訴人主張の公正証書(甲第一号証)は、昭和五七年七月六日控訴人とベスト工材との間で確認した債務について同年九月一〇日に作成されたものであるが、右七月六日には控訴人は未だ桑原商店の破産管財人ではなかつたのであるから、右のような確認をすることができるはずがない。また、破産管財人は、破産会社に対して第三者の地位にあるものであつて、右公正証書が桑原商店とベスト工材との間の契約文書ということもできない。更に、右公正証書は、被控訴人平和相互が右1(三)(2)で主張する理由からしても、先取特権の存在を証明する文書にあたらない。

3  被控訴人埼玉銀行

(一) 右1(一)ないし(三)と同旨。

(二) 強制執行手続として債権差押命令を申請し、疎明資料を提出したことが担保権に基づく配当要求にすり替わるなどということは、到底ありえないものというべきである。

四  被控訴人らの主張に対する控訴人の反論

1  被控訴人らの主張は争う。

2  強制執行を申し立てた債権者がその手続内で先取特権を主張することを禁ずる規定は存しない。また、右主張を禁ずることは、他の競合する債権者が右手続に先取特権に基づいて配当要求することができるのと権衡を失することになる。

3  民法三〇四条は、物上代位の要件につき「差押」を掲げるのみであり、そのほかに配当要求をすることは要件とされていない。しかるに、もし、前記三1(二)のように、配当要求の終期までに、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求をしなければならないものと解するとすれば、物上代位権を有するが優先弁済請求権を有しない先取特権者という矛盾した概念を認めざるをえないことになる。また、右解釈によれば、第三債務者が法一五六条一項又は二項に基づき債務額を供託すると、先取特権者はたちまち優先弁済請求権を失うことになるのであり、右解釈は、先取特権者の権利行使の機会を実質的に奪うものであつて、不当である。

4  仮に、右解釈に従うべきものとしても、控訴人は、以下の理由で優先弁済を受けることができる。

(一) 控訴人は昭和五七年九月二〇日本件差押命令を申請したが、同申請書には、その請求債権として「東京法務局所属公証人伊藤幸吉作成昭和五七年第七二六号債務弁済契約公正証書の執行力のある正本に表示された元本金一二、九六四、三〇〇円、ただし、債権者破産会社が債務者に対して昭和五七年五月二一日から同年六月三〇日までの間に売り渡したコウハクネット他七五点の売買代金」と記載されており、他方差押債権としては「金一二、九六四、三〇〇円、ただし、債務者が第三債務者に対して有する毎月二〇日締め、翌月一五日支払いと定め、昭和五七年五月二一日から同年六月三〇日までの間に第三債務者に売り渡した別紙目録記載のコウハクネット他七五点の売買代金債権にして支払期の早いものから頭書金額に満つるまで」と記載されている。

(二) 右記載は、要するに、債権者が債務者に、昭和五七年五月二一日から同年六月三〇日までの間にコウハクネット他七五点を代金一二九六万四三〇〇円で売却し、債務者は右期間に右商品を同額で第三債務者に転売したことを意味し、その趣旨は右記載から容易に看取しうるものであり、したがつて、債権者である控訴人は、右申請書により、動産売買の先取特権を有し、控訴人に優先弁済されるべきことを主張したもの、すなわち、先取特権に基づく配当要求をしたものというべきである。

(三) そして、前記債務弁済契約公正証書(甲第一号証)に添付された本件商品を記載した別表は、芝浦工事がベスト工材宛に発した注文書(納入確認の意味をも有する。)に基づいて作成されたものであるから、右公正証書は、芝浦工事が本件商品をベスト工材から買い受けたことをも証するものということができる。また、右公正証書には、桑原商店とベスト工材との間の売買の事実が記載されていることはもちろん、ベスト工材が本件商品を芝浦工事に転売した事実を確認する旨の記載があるから、右公正証書は、控訴人が先取特権に基づく物上代位権を有することを証明するに十分であり、法一五四条一項所定の「文書」に該当するものというべきである。

(四) よつて、控訴人は、本件差押命令申請の際、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求をしたというべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1ないし3及び5の事実、すなわち、本件配当事件について昭和五七年一二月一日付で本件配当表が作成されたこと、本件配当事件は、いずれもベスト工材を債務者、芝浦工事を第三債務者として、控訴人が債務弁済契約公正証書に基づいて発付を受けた本件差押命令及び被控訴人らがそれぞれ発付を受けた債権仮差押命令の競合を理由として、第三債務者である芝浦工事が同年一〇月四日七二三万四二八一円を供託し、その旨の事情届を提出したことによつて実施されたものであること、本件配当表は、右供託金から手続費用を控除した残金七二二万三〇七六円を控訴人及び被控訴人らの各届出債権額に按分して配当することを前提に作成されていること、控訴人が同年一二月一四日の本件配当事件の配当期日において、被控訴人らに対する本件配当表の各配当額につき控訴人の先取特権を主張して異議を述べたこと並びに同4(一)の事実、すなわち、控訴人が同年七月九日破産宣告を受けた桑原商店の破産管財人に選任されたものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件配当事件において、控訴人の主張するように、芝浦工事の前記供託金の残金七二二万三〇七六円をすべて控訴人に配当すべきであるか否かについて検討する。

1  控訴人の主張は、要するに、ベスト工材に対する本件商品の売主である桑原商店が右商品について先取特権を有していたところ、右供託金は、ベスト工材が芝浦工事に当該商品を売却して受けるべき代金の一部にほかならないから、物上代位の規定によつて、桑原商店の先取特権の効力が及ぶので、桑原商店の破産管財人である控訴人は被控訴人らに優先して右供託金から弁済を受けることができるというのである。

2 そこで考えるに、民法三〇四条に定める「差押」は、担保権実行としての差押のほか強制執行としての差押も含むものと解すべきところ、動産の先取特権に基づく物上代位権を有する債権者は、自らその物上代位の目的たる債権を強制執行によつて差し押えた場合、他に競合する差押債権者等があるときは、民法三〇四条、法一九三条、一四三条、一五四条及び一六五条の規定に鑑み、右強制執行の手続において、その配当要求の終期までに、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求又はこれに準ずる先取特権行使の申出をしなければ、優先弁済を受けることができないものと解するのが相当である。控訴人の事実欄第二、四、3の主張については、民法の規定に従い発生した先取特権の行使が執行手続上の要件によつて制約されることのあることは何ら異とするに足りないというべきであるから、これを採用することができない。

3  そうすると、控訴人の本件異議が正当として認容されるためには、本件配当事件において、法一六五条一号により配当要求の終期とされる芝浦工事が前記供託をした昭和五七年一〇月四日までに、控訴人が執行裁判所に先取特権の存在を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求又はこれに準ずる先取特権行使の申出をしたことが要件となるところ、控訴人は、事実欄第二、四、4のとおり、昭和五七年九月二〇日なした本件差押命令申請の際、担保権を証する文書を提出して先取特権に基づく配当要求をしたというべきであると主張する。なるほど、<証拠>によれば、右同日に東京地方裁判所に提出された本件差押命令の申請書には、請求債権及び差押債権として控訴人の主張するとおりの記載がされていることが認められるが、右記載自体において、桑原商店からベスト工材に売り渡された本件商品とベスト工材から芝浦工事に売り渡された本件商品とが同一であることが特定・表示されているとは必ずしもいえないのみならず、右同号証によれば、本件差押命令申請は、先取特権に基づく物上代位権の行使としてではなく、あくまでも強制執行としてなされたものであり(控訴人の主張も当然このことを前提とするものである。)、右申請書には、先取特権を行使する趣旨は何ら示されていないことが認められるから、右申請の際、先取特権に基づく配当要求ないしこれに準ずる前示申出がなされたものとみることは到底できないものというほかない。したがつて、その余の点を検討するまでもなく、控訴人の前記主張は採用することができず、そのほかに控訴人が前判示の配当要求等をしたことの主張、立証はない。

4  してみれば、本件配当事件において、控訴人の債権を一般債権として扱い、控訴人及び被控訴人らの各届出債権額に按分して前記供託金を配当する旨の本件配当表には何らの過誤も存しないというべきである。

三以上説示したところによれば、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当としてこれを棄却すべきものである。よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(鈴木潔 仙田富士夫 河本誠之)

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